私は、普段は開発者としてせっせとプログラムを組んでいますが、それと並行して投資にも積極的に取り組んでいます。できることなら大儲けしたいし、華やかな生活を送りたいという欲望に塗れる系エンジニアです。 加えて読者が好きなので、投資系、転職・キャリア系の書籍もよく読むのですが、その中で少し引っかかる考え方があったので紹介したいと思います。
先日「FIRE 最強の早期リタイア術 最速でお金から自由になれる究極メソッド」という書籍を読みました。FIRE
とはFinancial Independence / Retire Early
の略で、所謂早期リタイアのバイブル的な書籍です。
なかなか腑に落ちる内容だったので買い物としては満足なのですが、その中で紹介されていたPOTスコア
という考え方に最初は違和感を覚えたので、備忘録として記事に起こします。
※あくまで私見なので、勘違いもしくは間違っている箇所はあると思います。
POTスコア
は「FIRE 最強の早期リタイア術 最速でお金から自由になれる究極メソッド」の著者であるクリスティー・シェンさんが大学の専攻を選ぶ際に利用した指標です。
ざっくりとした解釈ですが、自分が将来希望する職業の収入と、その職業に就くのに必要なコストから各職業のコスパを測ろうというものです。
具体的な計算式は下記の通りです。
(目的の職業の年収中央値 - 最低賃金の年収) / 目的の職業に就くためのコスト
この指標を基に、作中では下記の3種の職業のPOTスコア
が算出されました(カッコ内がPOTスコア
)。
この結果をもって、著者はコンピュータ・エンジニアリングの道を選びます。
それ自体は決して悪くない決断だと思います。
ところが、次のようなPOTスコア
が提示された場合はどうでしょうか?
これを見た上で、私はこう思いました。
これが今回テーマにしたいPOTスコア
という考え方に対して覚えた違和感です。
もちろんPOTスコア
という考え方が間違っているとか、そういう話をしたいのではありません。
むしろ私自身はPOTスコア
の考え方は正しいと思ったのに、なぜPOTスコア
が低い医者の方がいいと直感的に思ったのかが引っかかりました。
自分自身の中で、何らかのバイアスが働いたのではないかと思いました。
下記は
まず第一に考えたのが、POTスコア
が本当に職業のコスパを表しているのだろうか、という点です。
しかし、最終的には概ね正しいだろうという認識に至りました。
収入を評価する場合、年収の中央値ではなく生涯賃金の中央値の方が正確なデータが出るのではないか、とは思いますが(※職業で昇給テーブルは異なるため、年収以上に生涯賃金に差が出るから)、そもそもこの書籍は早期リタイア
を目指す趣旨のため、生涯に渡っての収入を引き合いに出すのは少々ずれているような気がします。
これは大いに考えられると思います。
職業を語る上で、やり甲斐や地位、社会への貢献度、福利厚生など数値化できない魅力というものは必ずあります。
何より好き嫌いや先入観もあるため、その点がPOTスコア
の考え方とそぐわないのかもしれません。
作中でも同様のことが語られており、自身の情熱に従って仕事を選ぶという思想に対するアンチテーゼ的な位置付けがPOTスコア
なのです。
最終的に私の違和感の正体はこれなのだと思いました。 私は医者という職業の収入という部分にのみ着目していて、そこに至るまでのコストという観点が欠如していたように思えます。 お恥ずかしい話ですが、私自身は大学の学費等を全て親に負担してもらったので、自分が今の職業に就くためにかかったコスト意識というものが正直なところ希薄です。 仮にそのコスト分を今の自分の資産から差し引くと、いくらも残らないと思います。
著者自身も若き日の貧困生活という体験があり、自身で学費を賄う必要があったからこそPOTスコア
という指標で金銭という観点から最もコスパの良い職業を選んだわけです。
最初にPOTスコア
に対して覚えた違和感は、結局自身のコスト意識の欠如からきたものでした。
生命保険文化センターによると、大学学部の学費を親が負担(=奨学金を受給していない)する割合はちょうど半分で、大学院修士、博士になるにつれ学生側が負担する割合が高まっていくそうです。
今はまだ半々ですが、いずれは学費まで自身で負担する割合が高まる可能性もあり、そうなった場合にひとつの指標としてPOTスコア
を利用するのはアリなのではないかと思います。
また今回は便宜上、大学・大学院のコスト=職に就くためのコストとしていますが、この考えは転職の場合にも有効だといえます。
自身がこれから就く職業について、コストパフォーマンスという観点からPOTスコア
を使ってみるのはいかがでしょうか。